“ドラえもん”の到来をはばむもの ロボットを受け入れる心理的ハードルの越え方

2017.1.19

人工知能の分野にとって、2015年は投資が一段と活発化し、技術も認知も一段と前進した年だった。それに付随し、ロボット産業の高度化も進展しただろう。一方で、イーロン・マスクやスティーブン・ホーキング博士らテクノロジー業界の著名人が、人類の進化に影を落とす可能性があると警鐘を鳴らした年でもあった。

さまざまな立場はあるものの、ひとと人工知能、ロボットが共生する未来は訪れる、というのが大方の世界の見方と言って問題ないだろう。

アンドロイド研究の第一人者である石黒氏も、以前『CATALYST』監修役の渡辺との対談時にそのような見解を示していた。実際、それに基づき先進的なアンドロイドを次々と開発している。つまり自分の「アイデンティティ」と向き合うことのよう。その真意とは。そして、向き合った先に何が起こるのか。

しかしそれでも、ひとと人工知能、ロボットが共生する未来とはどのようなものかを想像するのは、やはり簡単なことではない。
そこで今回は、「倫理」の観点から思考実験をしてみたいと思う。
前出の石黒教授と共同研究を行う哲学者、大阪大学の小山虎特任助教に、まさにドラえもんの時代のような「ひととロボットが共生する社会で求められる秩序」についてお話を伺った。

哲学者がロボット開発に不可欠な理由

ー哲学者である小山先生がロボット研究に参画している理由を教えてください。

現在、アンドロイド研究の第一人者である石黒浩教授と共同で、意図と欲求を持つロボット「ERICA(エリカ)」を開発するプロジェクトに参画しています。
哲学者である私が参画している理由は、このプロジェクトの中核であるロボットの意図の開発には哲学的なアプローチが不可欠だからです。

石黒先生からの当初のオーダーは、「哲学者が見てもおもしろいと感じる、人間のような ”心を持ったロボット” を開発すること」でした。正直、参画したばかりの頃は哲学とロボット工学に接点を見い出すのは難しいと考えていました。

しかし、このプロジェクトのためにロボットも哲学もそれぞれイチから学び直す過程で、徐々にその接点が見えてきました。

ー哲学とロボットの接点はどういったところにあったのでしょうか?

哲学には、「人間の心とは何か」を考える分野があります。

この分野は、人工知能やロボットとの結びつきが強い。
逆に、その哲学の研究のためにロボットやコンピュータの分野の知見を用いることもあります。例えば、哲学の「機能主義」というアプローチは、人間の心は突き詰めればコンピュータのソフトウェアのような機能的な動きをするため、そのフレームワークを生かせば人間の心を分析できるというものです。

ERICAはこれとは異なる、「解釈主義」と呼ばれるアプローチを深めていくうちに生まれたロボットです。機能主義は論理的には間違ってはいないのですが、私はそれだけでは人間の心は計り知れないと感じていました。そうして紆余曲折しながらたどり着いたのです。

意図と欲求を持ったロボット「ERICA」意図と欲求を持ったロボット「ERICA」
参考:石黒浩×渡辺健太郎 自分のアンドロイドが存在すると、コミュニケーションはどう変わるか?(後編)

急速ではなく徐々に普及、気づけば ”われわれ” の一員に

ーひとと心を持った人工知能、ロボットが共生する社会はどのようにして訪れると思いますか?

「iPhone」はあっという間に普及していきましたね。
しかし、心を持った人工知能やロボットがあれほどまでに急速に普及するとは考えにくい。
むしろ、ロボットの知能レベルが徐々に高度化していくにつれて、受け入れる人間側の心の準備」もできていく。「ロボット社会」の成り立ちとしては、こちらのほうが現実的だと思います。

なぜなら人間は、「自然に受け入れられるもの=心を持っている」と受け止めるからです。
心を持ったロボットが普及するとすれば、それはやはり、社会から自然と受け入れられるプロセスが必要でしょう。
ですから、ひとと人工知能、ロボットが共生する社会というものは、それよりも前にどの時期にやってくると予測できるものではないのです。

気づけば当たり前のように心を持ったロボットが私たちの身近にいて、後で振り返ればちょうどあの頃から一緒にいるようになったのかなと思い出すのでしょう。

人工知能やロボットと共生する未来の社会に備えて、いまから何か特別な準備をする必要は無いのです。

ー一部の著名人が警鐘を鳴らすように、人工知能やロボットは人間にとって脅威になりうるのでしょうか。

それ自体が脅威になることはありません。

しかしそれは、人工知能やロボットに対して人間が何を求め、どのように用いるかで変わってくると思います。

例えば、自動操縦のドローンを戦争に使うことを危険視する動きがありますよね。
しかしそれは、ドローン自体の危険性ではなく、ドローンが使われることでもたらされる危険性を示唆してのものです。それと同じことです。

行き過ぎた結果として登場するおそれのある戦争するロボットについては、いまから粛々とルールが策定され、違反したら罰するし、ルールの抜け穴をかい潜ろうとするものが出てくれば、ルールがアップデートされるといった形で対処されていくと思います。

一方、人間の生活により密着するロボットについては、”われわれ” 人間と同等に暮らす未来がやってくるでしょう。そうなると、ロボットも人間と同じ、”われわれ” に含まれ、同等の地位や発言権、社会における役割を担うようになるかもしれません。

ロボットにも責任と痛みを与える必要

ーひとと人工知能、ロボットが同じ “われわれ” と見なされたとき、同じ社会の秩序のもとで生きることになります。その過渡期に倫理的な問題は発生するのではないでしょうか?

「電車など自動運転をする公共交通機関において人命に関わる問題が発生したとき、その電車は人命の保護を優先させて遅延させるか、それとも・・・」といった議論ですね。

こうした問題を研究する分野では、倫理観をもった人工的な主体のことを「アーティフィシャルモラルエージェント」と呼び、研究が進められています。その分野では、いまこういった「善悪」の判断を人間がしています。

しかし今後は、それも人工知能にさせないと大規模なシステムは管理できなくなると考えられています。

善悪の判断を人工知能にさせる方法はいくつかありますが、人間よりも善悪の判断に長けた人工知能エージェントを作り、人間には判断が難しいことをそのエージェントに判断させるのが最も有用だと思います。

そのときは、人間がインプットさせた倫理観に従って判定するというよりも、人類が倫理観に従って過去に下した答えをベースに人工知能が判定するようになります。

しかし、善悪の判断において重要なことは、「判断した主体がその責任を取れるか否か」であること。
人工知能やロボットが社会の一員になるということは、”彼ら” が下した判断によって不慮の事故が発生したときに、彼らも責任を取れないといけないことも意味するのです。

仮に善悪の判断ができたとしても、事故が起きた際に人間と違って責任を取らなくてよいのは受け入れがたいですよね。
人間は法律やルールを破ると、罰を受け、責任を取る必要がある。
そういった責任をロボットにも取らせることで、初めて社会の一員として認識されるようになるでしょう。

ーどのように人工知能やロボットに責任を課すことができるのでしょうか?

「痛み」がとても重要だと思います。石黒先生と研究を進めるなかで、「痛みを感じるロボットを実現しよう」という話もありました。人間は身体の痛みを知覚することができますが、人工知能やロボットはそうはできません。
ですから、「痛み」の与え方は異なります。

そこで私が考えたのは、「社会的な死」を与えるという方法です。
人工知能を搭載したロボットはさまざまな経験を通してデータと呼ばれる知識を蓄積し、成長していきます。
そのデータが消されることは、生まれた状態に戻る、つまり初期化されるということ。

つまり、これまで社会から認知されていることで存在していた「己」を無くすということ。
これが、心を持つロボットにとっては何よりも重い痛みになるのではないでしょうか。

ーいまの人間社会における責任のとり方についても考えさせられますね。

はい。人工知能やロボットにとっての責任と痛みいう問題を通して「死刑」についても考えることがあります。
人間にとって死刑は痛みにはなりますが、責任を取るという観点ではそれが果たして正しいやり方なのかということです。

海外には死刑を廃止している国もありますが、それは死という痛みを味わうことが責任を取ることにはつながらないと考えているからではないのでしょうか。

人間は支配されない、むしろ自らを拡張している

ー人工知能やロボットとの共生に抵抗を示すひとは現れないのでしょうか?

もちろんそういったひとは少なくないと思います。

しかし、それでも共生は進んでいくと考えています。
インターネットが私たちの生活にどれだけ根付いているのかイメージすると分かりやすいでしょう。
インターネット犯罪が大きく減ることはないでしょうが、それでもインターネットを廃絶しようとする動きは見られません。

もしもそのような動きが出たとして、さらに天変地異などによって破壊されたとしても、人間は復活させようとするでしょう。
それだけ欠かせないものになってしまったからです。

しかしこれは、人間がそういったテクノロジーに「支配」されているのではなく、自ら望んでそれを使って自分たちの生活をより豊かにし、自分自身を「拡張」しようとしているのです。
これはいまに始まったことではなく、生物種として人類が誕生してから、もしかするとそれ以前からずっと行われてきた営みです。
人類は自分たちの知能を拡張するために、必要な道具など外部の要素を取り込むことでここまで進化してきました。

また人間は、自分たちの柔軟性によっても自分たちを拡張させ、進化させてきました。馬車から車へ、そして次は自動運転車へ。
より豊かになるためにルールを変化させていくのでしょう。

ー小山先生のように新しいテクノロジーを受け入れるために必要なマインドセットとはどのようなものでしょうか?

テクノロジーは一度社会に普及してしまうと切り離せなくなってしまいます。
だからこそ、それを使う側だけではなく、社会全体へのインパクトについて考える必要があるでしょう。

最後になりますが、人工知能やロボットの研究をしていてふとあることに気づいたんです。
それは、人工知能やロボットの研究というものは、自分たち人間というものががそもそもどのような存在なのかを考えることだということです。

人間は常に自分は何者かを発見しようとしています。
その目的を果たす手段が、これまでは人間同士の対話だったのですが、テクノロジーの進化によって、人工知能やロボットとの対話を通してもそれができるようになりつつあるのです。
ロマンがありますよね。

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小山さん

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