カオスで安定しているコミュニティ「サイハテ村」#1

2017.6.28

熊本の辺境地にあるサイハテ村では、資本主義の次の時代を見据えた新しいライフスタイル・働き方の実験が進行中だ。サイハテ村が生まれた経緯から、その壮大な未来像が見えてくる。

熊本県のある辺境地で、資本主義をひっくり返すかもしれない壮大な社会実験が実施されていることを知っているだろうか。

三角エコビレッジ・サイハテ村。

熊本市から約40キロほど離れた小高い山の上にあり、各地から集まったアーティスト、プログラマー、職人などさまざまな人たちが衣食住、そして仕事を共にするコミュニティだ。

1万坪に30人が暮らすサイハテ村にはルールやリーダーという設定がなく、合言葉「お好きにどうぞ」のもと、それぞれのやりたいことの循環・相乗効果での暮らしと発展性がデザインされている。


サイハテの住人や訪れる人々

一見謎のコミュニティだが、パーマカルチャーを取り入れ、食糧・エネルギー自給を高めていくだけでなく、「ポスト資本主義」のあり方を模索する最先端の実験場になっている。

このサイハテ村を立ち上げたのが、漫画家でありアーティストでもある工藤シンクさん。今回、シンクさんにサイハテを立ち上げるに至った経緯、そしてサイハテの未来像を聞いた。

経済・社会構造は、封建制度、重商主義、そして資本主義へとシフトしてきた。しかし、資本主義が行き詰ったいま世界各地でポスト資本主義を模索する取り組みが増えており、サイハテのユニークなライフスタイル・働き方から、ポスト資本主義の1つのあり方が見えてくる。


工藤シンク
エコビレッジ サイハテ発起人の「マルチアクセスアーティスト」。
デザイン、映像・音楽、漫画・イラスト、WEBなど、さまざままクリエイティブワークに精通する。サイハテ村だけでなく、タイやメキシコなどで国境を超えた新しいコミュニティ・文化創造に携わる。

世界平和を味わいたい 漫画の世界を現実に落とし込んだ姿がサイハテ村

—サイハテにはヤギがいて、ゲストハウスがあって、ここにいるひとたちが自由に好きなことをしている。こういう自由な空間をつくろうと思った理由や経緯はどのようなものだったでしょうか。

シンプルに子供の頃からずっと、生きている間に世界平和を味わいたいと思って、そのためにいろいろやってきたんですよ。

「世界平和」というハッピーエンドを設定して、その時々で出来ることを逆算してこうと。

ぼくは基本アーティストだけど、本当は漫画家でもあって、ものごころ付いた頃からずっと漫画を描いてます。

なんで漫画かというと、自分のイマジネーションが一番シンプルに表現できるから。ファッション、ストーリー、建築、近未来であっても画と効果音で表現できる。

で、その延長でサイハテ村をつくった(笑)

—では、サイハテ村は漫画の世界ということですか。

そう。漫画で描いていた世界をリアルに落とし込んだということ。


サイハテ村、山の上にありニワトリやヤギも暮らしている。

—その漫画はどのような内容なのでしょうか。

その漫画自体は、10年以上前に全50巻以上になるような構想で考えていたもの。漫画として実現はしなかったんだけど。

内容はいまでいう「スピリチュアル」なもので当時はまったくそういう情報がなかったんだけど、自分はその世界にどっぷりにはまっていてそれを表現したかった。

引き寄せの法則とか、そういうものを広めたら世界は変わるんじゃないかと思って。

それでその漫画構想と第1話の108ページ分を描いて、集英社や講談社など大手出版社に持ち込みしたんです。

漫画の世界って厳しくて、持ち込みしても見込みなしと判断されると3分で話は終わってしまうんですよ。

ぼくが持ち込みしたとき、1時間くらい話すことはできたんだけど、出版社のひとから「そもそも工藤くん、この業界は短編24ページで、新人賞を2回くらいとって、そこから連載になるんですよ。持ち込みも24ページまでって書いてあるでしょ」と(笑)

出版社のなかでもヤングサンデーが一番評価してくれて、「じゃあ工藤さん、まず新人賞2回くらいとって、そこから連載していきましょう」となって、24ページ描いて提出しました。

だけど、担当者から「漫画鉄則を知ってますか。漫画家がやりたいことは消費税以下です」と。つまり、当時消費税は3%だったんですけど、漫画家のやりたいことは3%以内に抑えて、あとはマーケティング、リサーチ、アンケートをしてコンテンツを決めるということなんです。

そう言われて自分の描きたいものが描けない、じゃあやんないと(笑)

それで漫画じゃないなと思っていたときに、東京のコンテンツ制作会社DLE(蛙男商会)に拾われたんですよ。

—すごいタイミングですね。

大手企業との仕事で見えた資本主義社会の本質

そこは、立ち上がったばかりで、5人くらいの会社。

2年間その会社で、某有名アニメの制作をやっていて、毎日文化際前夜みたいな状態で寝る間もなくアニメ制作し続けました。

気がつけば2年間で、5人から60人くらいの規模に会社が成長していて、いよいよ上場しますというタイミングになったんです。

上場前なので監査法人による業務プロセスの指導があって、残業の改善などが求められるようになりました。そういう理由もあって自分の後に入社した50人くらいのひとたちは、だんだん残業代とか気にしだして、不平不満が増え始めました。

そしたら急につまんなくなってしまった。

その会社にいたから大企業と一緒に仕事をする経験を積むこともできたし、仕事自体も楽しかったんです。

ただ、同時にその業界の本質が見えたというか、メディアは惰性だし、どうでもいいと思う商品もかっこいいCMを作れば売れる。

そういう映像は作れるんだけど、ダメだな、もうやってらんないと思って。それで、ある日の朝礼で50人の前で「資本主義を崩壊させる会社をつくります」と言って、その会社を辞めました。

—強烈な言葉ですね。その後実際、資本主義崩壊の会社を立ち上げられたのですか。

そう。資本主義崩壊コンセプトの会社「BENTEN」を立ち上げたんです。この会社では、おもしろい場所にいろんなひとが集まる空間をつくることだけを目的として、それ以外、社員、社長、会社は何をやるという設定はなくて。器だけ用意して、みんながやりたいことをやりだしたら、どこまでいけるんだろうという社会実験です。

するとアーティストたちが集まる空間が生まれ、共同で新しいサービスも立ち上がったりして、結局「コミュニティ」が重要だなということがわかったんですよ。

そこから派生して新たに「国造りプロジェクト」が生まれました。

このプロジェクトは、日本中の空いている土地を集めて、そこにお金もルールもリーダーもいない暮らしをしていこうというもので、各コミュニティがつながっていけば、革命になって、世界平和にもつながるだろうと。

—国造りプロジェクトは、サイハテの原型のようですね。

そうなんですけど。ただ、そのときは長野とか三重の山とか、土地はもらえたりしたんですけど、ひとが集まらなかった。山もらってもどうにもならず。。。

そういうこともあって、金銭的に無理がたたりBENTENは閉めることにしたんです。1年くらいですかね。

無職となったシンクさん。

しかし、資本主義崩壊や国造りの野望が捨てたわけではなかった。この後、不思議な縁もありさまざまなひとを巻き込みながら、熊本でのサイハテ村づくりへ一気に話が進んでいく。詳細は後編で。

取材・執筆 :

シゲキ的?

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