ゆるいコミュニティが最先端をいく「サイハテ村」が目指すもの#2

2017.6.29

いまやNHKにも取り上げられるほど有名になったサイハテ村。しかし、本格始動は今年からという。今後どのように展開していくか。

資本主義をひっくり返すかもしれない「サイハテ村」。

前編では、代表の工藤シンクさんにサイハテ村立ち上げにつながる若き日の体験を語ってもらった。

漫画家、映像制作会社の立ち上げを経て、資本主義崩壊を目指した企業「BENTEN」の創業・閉鎖と目まぐるしく変わる人生を歩んできたシンクさん。しかし、波瀾万丈な人生はこれで終わりではなかった。

ツイッター逆求人から熊本で村づくりへ

—資本主義崩壊を目指して創業された企業を1年ほどで閉鎖された。そのあと、どのような経緯で熊本に来られたのでしょうか。

BENTENを閉めたあと、奥さんの実家の富山で畑とかやりながら暮らし始めたんですけど、お金がまったくなくて。当時はまだ結婚してなかったんですけど、いまの奥さんから働けと怒られて、一番近いガソリンスタンドのバイト面接に行ったんです。

面接はうまくいって明後日から来てくださいと言われたんですけど、その帰り道「バイトはなんか違うよな」と思って(笑)

当時2009年頃でツイッターが流行り出していたころだったから、ツイッターに逆求人を出したんです。

映像、デザイン、音楽、なんでもできますと。あと、その時点から時代が大きく変わるのが見えていたから、できることなら5年後くらいにその仕事の意味が分かるような仕事をしたいというメッセージも載せて。

そしたら熊本の三角でクラブを運営しているひとが雇ってくれたんです。

初めて三角に来たとき、海も山もあってここは国造りプロジェクトに最高だなと。

三角に移ってからは、ツイッターで村づくりプロジェクトについて発信をし始めるようにもなって。

すると、2011年の震災でひとの流れが変わって。

そのとき、ツイッターの発信を見てぼくがここで何かやっていると思ったひとたちが50人くらい避難してきたんですよ。

ただそのときはまだ雇ってくれたひとの家に居候していて、一切村づくりはやっていなくて(笑)

当時はどうにもできなかったんですけど、この流れはきたなと確信しました。そしてひとの流れが変わったことを生かして国造りをしようと決心しました。

ここには廃校もあるし、いろいろできると行政にもかけあったりしました。

だけどぼくはこんな感じだから行政を動かせるようなプレゼンはできなくて。感情のみで絶対いけますよって問いかけたんですね。

感情のみということもあって行政はなかなか動いてくれない。困っていたら、知人から熊本に坂口恭平というやばいアーティストがいて、おれと合うだろうから絶対に会いにいけと言われて。

当時、坂口さんは新政府を立ち上げて話題になったひとなんですけど、その第1回新政府会議に参加することになって。その会議には、世界のエコビレッジを周った女性がいて、一緒に参加していたぼくの奥さんがその女性と話をしたんです。

その会議の1週間後くらいに奥さんから「しんのやりたいことは、もしかしたらエコビレッジなんじゃないの」と言われて。

それだ、エコビレッジをつくろうって(笑)

いままで、「資本主義崩壊」とか「国造り」とか、近寄り難いイメージだったんだけどエコビレッジだったらポップで、近寄りやすい。

すると、エコビレッジのことを教えてくれた女性から宇城市にこういう場所が売りに出されていると連絡があって。それがいまこのサイハテ村がある場所。

2017年からサイハテ村は本格始動

実際ここに来てみるとボロボロの廃村。でも、建物もたくさんあるし、工房もある、なにより景色がいい。

さっそくここのオーナーのところに行って、買いますと。全部で1000万円。

—それで1000万円で買われた。

いや。当時300円くらいしか持っていなくて。貯金とかしたことないから。

それで、金はさておき買いますって(笑)

その日の夜にエコビレッジをつくろうというサイトを立ち上げて、ツイッター、Facebookで1000万円あれば村ができますと発信したんです。

エコビレッジづくりが目的ではなく、ルールやリーダーのない「お好きにどうぞ」のコミュニティをつくることが本当の目的だったので、エコビレッジクラウドファンディングや行政・企業スポンサーの資金ではしがらみが多いかなと思って。

そしたら、当時東京で音楽系の活動をしていたひとが、「エコビレッジが日本にできるなら」と、お金を出して仲間になってくれました。

—ここでもすごいタイミングですね。

結局、最初の呼びかけで10人くらい集まって、それから4カ月後の2011年に開村しました。

そこから5年間手探りでやってきて、今年やっとスタートラインに立てた感じがします。いまからが本当の村作り。

NHKに取り上げられたサイハテ村 思わぬ効果も

—新しいライフスタイルのかたちとして、メディアにも多く取り上げられるようになりましたよね。

そうですね。

エッジの効いたオンラインメディアに取り上げてもらえることが多くなりましたね。驚いたことにNHKにも2回くらい取り上げられて。

—NHKにですか。それは反響が大きかったのでは。

いままで両親、特におやじから「いいかげん地に足を着けろ」ってガミガミ言われ続けていたんだけど、NHKに取り上げられてから実家の近所のひとたちが「あれおたくの息子さんなんですってね。ステキですね」とかいうもんだから。

それで両親も見方を変えてくれて、ガミガミ言わなくなりました。かあちゃんはサイハテ村に遊びに来てくれましたし。

もともとぼくはおやじのことが嫌いで。おやじもぼくのことが好きじゃなかったみたいだけど。NHK効果でなんとなく歩み寄りつつあるのかなと。

でも不思議なもので、いまの自分の考えやビジョンが生まれたのも、おやじへの反発があったからこそなんですよね。

—そこまで反発する何かがあったということですか。

おやじ、科学者なんですよ。大学教授で、日本の原子力研究の第一人者と呼ばれている。

科学者のおやじを持ったからこそ、スピリチュアルの世界を知ったとき、反発でどっぷり深入りして。でもあるとき、科学もスピリチュアルも宗教も政治も全部同じことを言っていると気付いて。そこからいまに至る。

そういうこともあって、最近おやじのことをネットで調べたてたら、最後にいた東北大学のページに生徒に向けた言葉というのを見つけて。そこには、おやじが20歳くらいのとき初めて核分裂だか核融合だかを偶然見る機会があって、それがあまりにもすばらしく美しいものだったから、40年間見続けてしまったと書いてあった。

すてきな表現をするなと。さすがおやじ、血は争えないと思った。

カオスで安定して美しい それがサイハテ村

—今年から本格始動というサイハテ村ですが、シンクさんは村で普段なにをされているのですか。

ぼくは「お好きにどうぞ」としか言ってなくて、ほかには何もしないんです。だから村で一番役に立たない男と呼ばれてます(笑)

何もしなくても、各地からいろんなおもしろいひとたちがやって来て、自由にいろいろつくってくれるので、気付いたらアースバッグや畑、ゲストハウスができていたり、ヤギがいたり。


アースバック


サイハテにあるゲストハウス

ここには大工、木工職人、建築デザイナーなどアーティストやクリエイターがいるので、天草でパン屋を開業したいから手伝ってほしいとサイハテ村に依頼が来るようになってきました。


釜や大工用具が一式ありいつでもモノづくりができる環境

音楽フェスがあれば、ここには有名歌手もいるし、おれがVJもやる。

人間1人1人のモチベーションとか関係性を重視していて、和を尊ぶコミュニティでもあります。

お好きにどうぞで、ここまでバランスがとれるのは日本人だからかもしれないですが。

月に1度ミーティングという名の宴会があって、そこで村民どうし話合いをすることもあります。

普段はLINEでやりとりしていて、サイハテの基本スレッド、農業、カーシェア、宿泊などカテゴリごとに意見を言える場を設けています。

みんながみんなを尊敬しつつ、いい意味であきらめている。

みんなピンで動いてカオスなんだけど、安定している。カオスで安定して美しい。自分のなかでは、こういうのが世界平和のイメージ。

とにかくリーダーやルールなしでどこまでいけるかという社会実験でもあるので、この先どうなるか分からないですけど、サイハテ村はこの調子で日々進んでいく思います。

もっとサイハテ村について知りたい方はこちらをチェック!

取材・執筆 :

シゲキ的?

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