「自動運転」とはなにか?大前学氏に聞く移動の未来#01

2017.3.10

多くの期待と注目を集める「自動運転」。
しかし、自動運転のできた背景や未来を考えているひとは少ないだろう。
自動運転の第一線研究者の視点から、未来を考えるヒントを伝えたい。

「自動運転」とはなにか

オリンピックまでに高速道路での自動運転車走行を実現、グーグルとホンダが自動運転車開発で提携、Uber(ウーバー)が自動運転車の試験走行を開始、などメディアで頻繁に登場する「自動運転」というテクノロジー。

このテクノロジーは、ひとびとの移動、そしてライフスタイルを革新するといわれており、多くの期待と注目を集めている。

今回は、自動運転分野の第一線で活躍する日本人研究者の視点から「自動運転」というテクノロジーを再考してみたい。

現場にいる研究者の視点から自動運転の現実を知り、読者が未来を考えるための示唆をお伝えできればと考えている。

『CATALYST』が話をうかがったのは慶應義塾大学政策・メディア研究科の大前学教授。自動運転分野で20年以上の経験を持ち、現在第一線で活躍する日本屈指の研究者だ。

プロフィール
大前学 慶應義塾大学政策・メディア研究科教授
東京大学大学院在籍中の1995年から自動運転車の研究を開始。2000年同大学博士課程修了後、慶應義塾大学環境情報学部助手に着任。自動車制御システムの高度化などを通じたモビリティの可能性を模索している。2013年から現職。

技術的に遅れをとっているわけではない日本の自動運転技術

ー普段メディアでは米国の自動運転関連のニュースが多く報じられていますが、やはりこの分野で日本は少し遅れをとっているのでしょうか。

実は、自動運転という技術自体は日本でも1960年~70年代から研究が始まっていて、その技術水準においては欧米と変わりません。

自動運転の研究を考える上で、2つの流れがあることを知っておく必要があります。

1つ目は、ABS(アンチロック・ブレーキ・システム)のように安全に停止する車両運動制御技術の進化版としての自動運転技術があります。

2つ目は、もともとロボットとかAI(人工知能)を開発していて、それらの技術を自動車に応用した自動運転技術です。

いまはこれら2つの「自動運転」がひしめき合っている状況といえます。

ぼくは前者のほうで、車両運動制御技術のところから発展した自動運転技術を開発していて、1995年の修士のころから取り組んでいます。

そのころでも、高速道路での大規模な自動運転デモンストレーションなどが行われていて、いまできるようなことは昔からあるわけです。

ーテスラが自動運転可能なモデルを販売開始したため、米国の方が進んでいると感じましたが、実際はそうではないと。

そうです、日本の自動車も同じよう自動運転は可能です。

ただし、安全を考慮して人間の注意力を落とさない程度までしか制御レベルを上げていないのです。

テスラは逆にその制御レベルを上げて、手放し運転をできるようにしています。

テクノロジーが進んでいる、遅れているのではなく、同じ基準においてどこまでドライバーに委ねるかということなのです。

あとは国が規制をどこまで許すのかという問題です。

政府の後押しで、日本の自動運転テクノロジーの開発環境は世界一に?

ーなるほど。日本は規制が米国より厳しいということがネックとなり、技術的には可能だったが、制御レベルを上げることができなかった。いまはどういう状況なのでしょうか。

ドライバーがシステムに過度に依存しないように、制御を強くしすぎない技術指針が出ていましたが、メーカーもその指針を超えて積極的に制御を強くしたい(手放しができるぐらい)と思っているのかわかりません。

政府の成長戦略に自動車の自動走行技術の開発が挙げられ、2020年までに世界一安全な道路交通社会を実現する目標が掲げられました。それに合わせて安全運転義務に関する法律の解釈が変わり、2013年から危険時にドライバーが介入して安全を維持し、その責任を負う条件のもと日本でも公道で手放し運転ができるようになりました。自動運転開発環境は大きく変わったといえます。

1年ほど前、日産のカルロス・ゴーンさんも世界中で日本がもっとも自動運転の開発をしやすいといっていたほどです。

ただ、日本のメーカーは自動運転の実用化に慎重になっているのが現状です。

やはり人命に関わることなので。

たとえば自動運転車が小学生の集団に突っ込んで多くの死傷者が出たとなれば、世の中が一気に自動運転車は不要だという空気になるでしょう。

そうなれば、自動運転そのものの芽を摘むことになってしまうので、慎重になっているところです。

そのなかでテスラが手放し運転ができてしまう自動運転車を販売開始したことは、人命に関わるイノベーションの社会導入の手法として興味深いものがあると思います。

自動運転に関して多くの懸念がありますが、実際やってみたら懸念事項は大したものではなかった、ということが数多くあるかもしれません。テスラの自動運転車が、自動運転に関わる多くの懸念が杞憂であることを証明するかもしれない、という意味では大変興味深く思っています。一方で、数多くの事故を引き起こせば、自動運転に対する社会受容性を一気に硬直させる可能性もあります。

あと、Uberなどが自動運転分野に進出するなど、米国では巨大な資本を持っているところが活発なので、どうしも米国のほうが勢いがあって進んでいるように見えます。

日本でも、自動運転を用いたサービスの創出に取り組んでいる企業がありますが、スケール感が違います。

ーなぜ米国に比べ、日本に勢いがないのでしょうか。

自動運転技術を扱えるアクターが少ないことが理由だと思います。

つまり、自動運転でビジネスをやりたいひと、実証実験を行いたいひとは多いのですが、実際自動運転技術を扱えるひとが少ないということです。

「自動運転」を車の進化から見直すことが重要

ーすると日本が自動運転車で盛り上がるために、人材育成がカギになってくる。

そのとおりかもしれません。ただ、ぼくの思いとしては、人材云々よりも、自動運転ビジネスの一例で想定されているような完全自動運転車に今の車が進化することに懐疑心を持っています。

多くのひとが自動車の究極の進化が「完全自動運転車」だと考えています。

でも、それが正しい道筋なのかぼくには分からないのです。

自動運転という定義を、ドライバーをアシストする、つまり安全性を高めるものと考えると、それは正しい方向だと思いますし、そのように進化していくと思います。

ただそこから先の話、現在の乗用車並みの速度で、ドライバーが運転不要の完全自動運転車や無人自動運転車が公道を走るようになることが本当に正しい進化なのか?、ということです。

誰が運転責任をとるのか、などさまざま問題が浮上してきます。

もちろん無人の自動運転車によって、新しいサービスが創出されるなど考えられます。

でも、それがいまの乗用車のようなものである必要性があるのか。

もし高齢者の移動の手助けを考えるなら、それは乗用車ではなくゴルフカートようなもの、低速でとろとろと動くものであってもよいと思うのです。

それはもう自動車ではないですが。もしかすると、エレベーターのようなものかもしれないですし。

車の進化という観点で見れば、その進化の方向・ゴールが「完全自動運転」というのは、自動運転車により創出される新しいサービスに対する期待感によって、バイアスがかかった方向のように見えます。

後編では、大前教授が「機械の正常進化」という観点から自動運転を語る。自動運転技術はどのよう進化するのか、そしてそれはいつ実現するのか。

取材・執筆 :

シゲキ的?

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