大手ゲーム会社を辞め「村長」になった31歳ー新時代の村コミュニティーとは#1

2017.5.18

「田舎」がなければ自分でつくることが可能な時代に。31歳の村長に聞くシェアビレッジプロジェクトが目指す新しいコミュニティの形とは。

「田舎」は自分でつくる時代 シェアビレッジ村長の挑戦

都会で生まれ育ったため、夏休みや正月に帰る「田舎」がない。それなら自分で田舎をつくればいい。

時代の大きな変化とともに「田舎」は所与のものから、自分でつくり開拓するものとなりつつある。

このムーブメントを勢い付けている取り組みの1つが「シェアビレッジ」プロジェクトだ。
このプロジェクトは、地方にある古民家を改装し、都市部から来たひとたちが宿泊したり仕事をしたり、ときには音楽イベントなど地元のひとたちと交流したりできる空間をつくり、コミュニティ創出を目的とするもの。古民家に集うひとたちを「村民」と呼び、そのコミュニティを「村」と呼ぶ。

シェアビレッジでの体験を通じて地方移住を決めるひとがでてくるなど、価値観を変えるプロジェクトとしても非常に高い注目を集めている。

このシェアビレッジの仕掛け人で「村長」を務めるのは、元大手ゲーム会社勤務の若干31歳、武田昌大さん。

武田さんが夢でもあったゲーム会社での仕事を辞めてまでこのプロジェクトを始めた理由はどのようなものだったのか、シェアビレッジにかける想いを聞いた。

武田昌大
1985年、秋田県北秋田市生まれ。立命館大学卒業後、東京の大手ゲーム会社に就職。秋田県活性化に本格的に取り組むため26歳で退職。現在シェアビレッジ村長を務め、プロジェクト全体運営に携わる。kedama inc.代表取締役。トラクターに乗る男前農家を集め秋田米ブランド「トラ男」を創設。

田舎嫌いが田舎好きになった理由

ー現在、シェアビレッジは秋田県と香川県にあると伺いました。それぞれいつ頃から始められたのですか。

秋田の「シェアビレッジ町村」が2015年5月、香川の「シェアビレッジ仁尾」が2016年5月にオープンしました。

ー秋田の方はもう2年になるのですね。もともとどのようなきっかけでシェアビレッジを始められたのでしょうか。

ぼくは秋田県の北秋田市といって、シェアビレッジがある五城目町の隣町の出身です。高校まで地元にいて、そのあと関西で大学4年間を過ごして東京に出てきました。

その頃は地元とか田舎が嫌いで、とにかく都会に出て仕事がしたいって小さいときから思ってました。ゲーム会社に勤めるのが夢だったのですが、夢が叶って東京の大手ゲーム会社に就職できたんですよ。

ーそこではどのような仕事を。

ゲーム開発ディレクターの下についてストーリー設計とかをする仕事です。

この頃もまだ地域活性とかはまったく考えてなくて「一生地元から離れて暮らそう」と思ってました。

小さなころからの夢が叶い、充実した生活を送ってたんですよ。

それが24歳くらいのとき、正月に久々に帰省したんですが、高校卒業してからたったの6年の間に地元の街がすごく衰退していて、ひともいないし、車も走っていない、店のシャッターも閉まっている。子供の頃遊んでいた場所もなくなっている。

そんな状況を見たとき「地元やばいな」というか消えてしまうかもしれないと。秋田県は人口減少と高齢化が日本一進んでいるとは聞いていたけど、それを身をもって感じたんです。

この頃から「何かしたいな」と思い始めたんですけど、東京で働いていたというのもあって、何をやっていいのか分からなくて。

それでまずネットで「秋田 東京 イベント」で検索してみると、東京で秋田県に縁のあるひとや好きなひとが集まるイベントがあったので参加してみることにしました。

行ってみると新宿歌舞伎町の怪しいビルに20代、30代のひとたちが200人くらい集まってるんですよ。東京にもこんなに秋田のことが好きなひとたちがいるだなと知って、何かしたいという気持ちがますます強くなりました。

それでまず手始めに、「トラ男」という秋田米の事業を立ち上げたんです。

ーそれは1人でですか?

そうです。ゲーム会社で働いていたので、休日を活用して副業的な感じで。

ー副業はOKの会社だったのですか?

OKではないので、お金はもらってなかったんですよ。完全にボランティアベースで始めてました。

ーそれはどのような事業なのですか?

ブランド米をつくって直販する事業です。

秋田県のお米の自給率って日本で2位なんですね。お米をたくさん作ってるんですけど、高齢化が日本一なので作り手も少なくなってる。

そこを何とか盛り上げようと、自分はデジタルが得意なので、それを生かして何かしようと考えました。

ただ、実家が農家ではなかったので、農家の知り合いをつくろうと思って、毎週末に東京から秋田に通って、農家のひとたちに話を聞いてまわってました。

まだ何からやっていいのか分からなかったので、とにかく農業が強みなら農業の現状を知ろうと思って3カ月かけて100人くらい農家のひとたちに話を聞きました。

それで分かってきたのが、農家さんにもいろいろいて、お米を一生懸命作っている農家さんもいれば、なんとなく作っている農家さんもいるということ。

おいしいお米があれば、普通のお米もある。いろいろなお米がある中で、JAに出荷すると全部混ぜられて1つの「あきたこまち」としてパッケージされて、同じ価格で買い取られているんです。

安定供給できるという側面もあるんですけど、これはおかしいなと思ってこだわりのある農家さんのお米をネットで直販する仕組みを作ろうと考えました。それで、専業農家の3代目、当時平均年齢25歳の若手を集めて、トラクターに乗る男前の米農家ということで「トラ男」というブランドをつくりました。

サイトオープンして4カ月くらいして、お米が完売してたんですよ。これで、売れるということが分かったんですが、こんな少ない量を売ったところで何も変わらないということも分かって。

もっと売るには規模を広げないといけないし、ボランティアベースでは限界だなと。

だから副業から本業にしようと思って会社を辞めました。新しい会社を立ち上げて、お米の販路拡大に力を入れてきて、今年は初年度の60倍の出荷量に上がってきました。

「秋田を元気にしたい」という軸があるなかで、このお米事業を2010年から続けてきました。

ーもう7年にもなるんですね。

そうです。この事業を長くやってきて気付いたことがあるんです。

秋田県を活性化するには3段階あって、1)知ってもらう、2)来てもらう、3)住んでもらう、というステップなんです。

それで、お米事業ではどこまでできているのだろうと考えたとき、1段階目の「知ってもらう」のはできる。ネットを見てもらったり、農業体験で来てもらうことで知ってもらえる。

でもトラ男のお米が好きだから秋田県に移住してくるというのは難しいなと。これは何十年続けても人口が増えるモデルではなく、外貨を稼ぐモデル。

このモデル自体は悪くないんだけど、人口がどんどん減少していくときに、何とかひとを呼び込む別のビジネスをつくらないといけないと思ったのが2014年です。

秋田に来てもらう&住んでもらうための秘策「シェアビレッジ」

それで周りのひとたちに「こんなこと考えていて、秋田に拠点をつくりたいんですよ。どこか空いている物件ないですか」って聞いていたら、たまたまここ(シェアビレッジ町村)のオーナーさんの親戚の方に出会って、五城目町にすごくいい家があるから見に来ないかと言われて、3年前にここに初めて来ました。

オーナーさんと初めてこの家に来て土間を見た瞬間に「すげーな!」って感激したんです。古民家は見たことあったけど、入ったことはなくて。

こういう古民家で生まれ育ったわけではないんですけど、土間やかまど、囲炉裏とかを見たとき、すごく懐かしいというか「これが日本だよね!」みたいな感覚になって。

ー一目惚れして、ここをシェアビレッジにしようと。

最初はそのコンセプトは言っていなくて。そんな下心ありで「なんて素敵な家なんですか!ぼくここに住みたいです」ってオーナーさんに言ったら「そう言ってくれるのはすごくありがたいけど、夏に壊そうと思ってる」と。

すぐにでも住める状態なのに、なぜ壊すのですかと聞いたら理由が2つある。

1つは維持費が高いということ。茅葺屋根ってトタン屋根と違って全部取り替えようとすると1千万円くらいかかる。普通、屋根を直すのに1千万円ってありえないじゃないですか。

この地域では、全部を一度に直すのではなくて少しずつ直していくんですけど、それでも何百万円とかかってしまうので老夫婦には厳しい。

もう1つは人手の問題。

家ってひとが住んでいないとどんどん傷んでしまう。毎日少しずつ手入れや掃除をしないと状態は悪くなってしまう。

当時はオーナーさんが市街地に住みながら、月に2~3回ここに通って手入れをしていたんです。自分たちでここに住むのも難しいし、維持費も高いと。だから壊すことにしたと。

冬になると雪の重みで屋根が落ちるので、冬になる前に壊したいという話をされて。ぼくはすごいショックでした。こんな素敵な家なのに、何もできないまま壊されてしまうのか・・・と。

きっとこの家だけでなく全国には同じような運命を待っている家がたくさんあるんだろうなと思って。

それで「1戸でも2戸でもいいから次の100年もこういう家があってほしい」と強く思うようになり、なんとか次の100年にも残す仕組みを作るべきだと。

オーナーさんとこの家に出会った日の夜に高速バスで秋田から東京に帰ったんですけど、まったく寝れなくて。一目惚れした女の子が余命3カ月みたいな感覚で。(笑)

それで、朝まで考えて考えて、お金と人手が課題なら、多くのひとが少しずつお金を出し合って維持費を捻出しつつ、お金を出したひとたちが家を活用できる仕組みをつくればいいじゃないかと。

年会費として会員からお金を集める会員制の古民家民宿みたいな。でも普通の「民宿」とは少し違う。

単に泊まるだけでなくて、地元のひとたちがお茶をしてもいいし、ライブが行われてもいいし、仕事をしているひとがいてもいい。

そう考えたとき「宿」ではなく「村」の方がしっくりくる。

だからこの家を「村」と呼んで、そこに集うひとたちは「村民」で、村民が年に1回納めるものはなんだ。「年貢だ!」と思って。

ここから年貢を納めて村民になろうというキャッチコピーをつくって、ほかに「寄合」とか「一揆」とか、そういうコンセプトを全部思いついて、全部まとめて「シェアビレッジ」というプランができたんです。

ー夜行バスの中でプロジェクトの大枠ができたということですか。

そうです。朝、新宿についてスタバで考えを企画書にまとめて、すぐにオーナーさんに電話して来週行くのでプレゼンさせてくださいとお願いしたんです。

それで、次の週また秋田に行ってプレゼンしたんです。「シェアビレッジというのをやりたいんです!」と言ったら、オーナーさんは「よく分からないけど、いいね!」となって(笑)

このプロジェクトを始めるにあたり、補助金や融資を受けるものではなく、地域ビジネスとしてやろうと。自分たちだけで資金を出してもよかったんですけど、多くのひとたちに見てもらってファンになってもらいたいと思いクラウドファンディングを活用して、資金集めとPRをしました。

3000円出したら村民になれますという仕組みで、2015年2月に告知開始して、資金集めをして、5月にオープンしました。

クラウドファンディングでは目標金額の6倍もの資金が集まるほど注目度の高い「シェアビレッジ」プロジェクト。2015年5月に秋田県でオープンして以来その影響は全国に波及している。後編では、シェアビレッジプロジェクトが今後どのように進化していくのか、そしてその先にはどのような価値観・ライフスタイルの変化が待っているのか、武田さんが描く未来の「村」の姿を語る。

 

取材・執筆 :

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